マーラー / 大地の歌 2

前回の続きです。 1楽章「大地の哀愁に寄せる酒の歌」はホルンによるダイナミックなファンファーレで始まります。その後ヴァイオリンが主旋律を引き継ぎテノールのソロへと導きます。4節からなるこの酒の歌は死の恐怖と悲しみを歌います。Dunkel ist das Leben, ist der Tod (生は暗く、死もまた暗い)というリフレインは、半音ずつ上げて繰り返されます。 2楽章「秋に寂しきもの」は晩秋の音のない静かな風景と孤独の回想が表現されます。マーラーはベトゲの詩の題を男性名詞から女性名詞へと変更しています。それはマーラーがこの歌に自分の孤独を見つけたからではないでしょうか。この楽章は交響曲の緩徐楽章にあたり、彼はアルトのソロと室内楽のように作曲しました。オーボエによる悲しい主旋律が非常に印象的です。 3楽章から5楽章は生の喜びについて歌われます。3楽章「青春について」では人々が東屋で飲みながら話し、詩を歌っているという架空の風景が表現されています。この楽章のステレオタイプな五音音階での作曲は中国の雰囲気を作り出しています。 フルートとヴァイオリンによって春のような4番目の舞台「岸辺」へ導かれます。マーラーは「美について」とベトゲの詩より題を変更しました。この楽章は3部からなりA-B-A’の形式を取ります。A部では田園的な木管楽器と弦楽器が使われ、B部では金管楽器と打楽器で駿馬に乗る若者が描かれています。 5楽章「春に酔える者」も3部構成になっており、最初と最後の部分で酔っている者を表し、その間に寝ている部分があります。一楽章と同じ溌溂としたファンファーレで幕を開けます。この2つの楽章は「酒の歌」で結ばれています。酔っている者が調性が不安定な歌を歌います。中間部、寝ている部分では対照的に静かでコンサートマスターに鳥の役割を任せます。 6楽章「告別」でマーラーは二つの詩、「友人を待って」と「友人の別れ」を融合しています。この楽章は曲の全体の半分を占め、他の楽章と比べて不釣り合いです。低音楽器とタムタムによって地の底からなっているような古風な響きで始まります。間奏部まで多くの楽器が独奏されます。まずはオーボエのソロからはじまりフルートへ受け継がれます。その下ではクラリネットとホルンがこの楽章中現れ続ける下降する音型を演奏します。アルトのソロはフルートの伴奏を伴って対位法的に現れ、表情なく話しかけるように歌われます。無がその場を支配します。徐々にその無は解かれ、音楽は流れていきますが、間奏として葬送行進曲のようなはじまりの暗い響きがまた再現されます。この下降する音型が使われる部分は2つの詩の橋渡しの役割も果たします。アルトのレチタティーヴォで次の章、再現部が始まります。詩の終わり部分、「Die liebe Erde allüberall / blüht auf im Lenz und grünt aufs neu! / allüberall und ewig blauen licht die Fernen, / ewig, ewig…」はマーラーがほとんど新しく書き加えました。最後のEwig(永遠に)という言葉はアルトによって、オーケストラが長六度が付加されたハ長調の和音で完全に消滅するまで、繰り返されます。この最後の和音はこの曲がまだ続くような、永遠になり続くような印象を残します。 この作品の核となっている「世界の永遠性の前における人の一時性」は1907年、大地の歌が完成する一年前にマーラー自身が感じました。それは、彼の娘、マリア・アンナの死と、自身の心臓病でした。のちにヴェーベルンがベルクにこの作品についてこのように語っています。“Es ist so wie das Vorbeiziehen des Lebens, besser des Gelebten in der Seele des Sterbenden. Das Kunstwerk verdichtet,Continue reading “マーラー / 大地の歌 2”

マーラー / 大地の歌 1

マーラーの大地の歌はマンハイム音大に在籍していたころ、学校のオーケストラでバスクラを演奏しました。そしてその時、プログラムの書き方という授業を取っていて、学校の公式プログラムに私のドイツ語で書いたプログラムノートが印刷されました。とはいってもやはり一人では全然かけなかったので、先生の添削が多く連名になっていましたが…。印刷されたのが嬉しかったことと、でも、すごく悔しかったのを今でも覚えています。今日はその前半を日本語に訳してみました。 「…私はとても勤勉だった。…私自身、全体がどうなるのかがわからない。楽しかった、そしてこれは今までで一番個人的なものだと思う。…」1908年、マーラーはブルーノ・ワルターにこのように手紙に書いている。マーラーは、第9番となるはずだったこの交響曲に番号を付けなかった。おそらくそこには2つの理由がある。1つ目はこの「大地の歌」が交響曲、そしてオーケストラ伴奏による連作歌曲の両方の形を融合していること。2つ目は迷信からくるものだ。19世紀の偉大な作曲家たち、ベートーヴェン、ドヴォルザークやブラームスは10番目の交響曲を書く前、もしくは完成させる前に亡くなっている。だからマーラーはこの交響曲に番号を付けず、その後、公式に第9番を書いたのではないだろうか。しかし、運命はやってきてしまう。彼も結局10番目の交響曲を完成させることができず亡くなってしまう。大地の歌は6楽章構成となっていて、楽章ごとにテノール、もしくはアルト(バリトン)のソロがある。歌詞はハンス・ベトゲの詩集「中国の笛」に基づいている。ベトゲの詩集は中国の詩を直訳したものではなく、フランス語に訳されたものを更に自由に編集したものである。なので、ベトゲとマーラーによる編集で間違って訳されているものもあり、元の詩を特定することが難しいものもある。 次回、後半を訳してみようと思います。